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津地方裁判所 昭和31年(行)1号 判決

原告 増田君治

被告 三重県知事

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告が原告に対し、昭和三十年十二月一日附計第一〇三三号を以つて桑名市大字桑名村中二十番五六八の三木造店舖住宅につき発したる除却命令の無効なることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、その請求の原因として、原告は現在肩書地の別紙図面(イ)の場所に木造平家建店舖付住宅一棟建坪十一坪を所有しているが、右(イ)の場所は将来国道第一号線巾員三十米の拡張地域になることになつていたため、原告が右(イ)の場所に右建物を建築する際には、表面上は右場所に建物を建築することは許可にならなかつたが、将来道路が拡張せられる場合には右建物を取毀すなり或は別紙図面(ロ)の場所に移転するなりして道路拡張に支障を来たさないという条件付で、表面上は(ロ)の場所に建築するという形にして、実際は(イ)の場所に建築することを許可せられたのである。

ところが、右建物は狭隘にして、そのすべてが店舖に占領せられ、原告方の家族が居住する場所さえない有様であるので原告はその苦痛にたえかね、新に別紙図面(ロ)の場所に家屋を新築せんと計画し、形式上は従来(ロ)の場所に存在することになつている家屋の改築ということにしてその許可を被告に申請した。

一方原告方の家庭の事情は、家屋の新築の遷延を許さぬ事情にあつたのと、準備した木材が風雨にさらされ使用不可能になる虞れがあつたのとで、原告は被告の許可を俟たずして右(ロ)点に家屋を新築したところ、被告は昭和三十年十二月一日原告に対し土地区画整理法第七十六条に基き右新築家屋の除却命令を発した。

然し別紙図面(ロ)の場所に建物を建築することは既に前記十一坪の建物を(イ)点に建築する際に許可になつているのであるから、今般新たに(ロ)点に建物を建築したからとて場所的には何等違法ではない。若し仮りに前記十一坪の建物が別紙図面(ロ)の場所に存在しているならば、被告はこれに対して除却命令を発することができないのは当然であり、従つて原告が右(ロ)点に新に建物を建築したからとて、これが場所的に違法であるとして土地区画整理法第七十六条に基き除却命令を発することはできない筈である。かような理由によつて被告が右新築家屋に対して発した除却命令は違法であるからこれが無効なることの確認を求めるため本訴請求に及んだと述べ、被告の主張に対し原告が右除却命令に対して訴願をしなかつたことは認めると述べた。

被告指定代理人は、本案前の主張として、原告の訴を却下するとの判決を求め、その理由として、被告の発した除却命令は土地区画整理法第七十六条第四項の規定に基いてなした行政処分であつて、これに対して不服あるものは同法第百二十七条により訴願をすることができる。然るに原告は訴願を経ずして本訴を提起しているから、本訴は行政事件訴訟特例法第二条に違反し不適法であると述べ、

本案につき原告の請求を棄却する、との判決を求め、答弁として、原告がその主張の場所に建物を建築したこと及び被告がこれに対して除却命令を発したことは認めるが、右除却命令は、原告が土地区画整理法第七十六条第一項の規定による建築行為等の制限規定に違反し、無許可で本件建物を建築したために、被告が、土地区画整理事業の施行に対する障害を排除するため同条第四項の規定に基いて予め原告に聴聞したうえ発したもので何等違法な点はない。なお原告は、今般建物を建築した場所は、曩に別紙図面(イ)の場所に建物を建築する際許可を受けた別紙図面(ロ)の場所であると主張するが原告が昭和二十六年二月十九日確認第四十号を以つて建築基準法第六条第二項の確認を受けた場所は桑名市大字桑名(駅元町)五百七十一番地であるのに、原告が今般(昭和三十年十月)新築した場所は桑名市大字桑名村字二十八番五百六十八番地の三であつて、その建築場所も相違しており、又建物の構造、坪数も右昭和二十六年二月十九日確認のものと著しく相違している。従つて原告が本件建物を建築せんとせば当然土地区画整理法第七十六条第一項により被告の許可を受くべきものであるにかかわらず、原告はその許可を受けることなくして本件建物を建築したのであるから、右建築は違法であり、従つて被告がこれに対して除却命令を発したのは当然であると述べた。

理由

先ず被告の本案前の主張について案ずる。原告の本訴請求は、除却命令の無効確認であつて、その取消又は変更を求めるものでないことは、原告の主張自体によつて明らかである。行政処分の無効確認を求める訴については行政事件訴訟特例法第二条の訴願前置主義に関する規定の適用がないことは、多数学説判例の認めるところであり、又当裁判所も同一の見解を有するものである。従つて原告が訴願裁決を経ずして本訴を提起したからと云つて、当然不適法であるとは云えない。

次に原告の本訴請求について案ずる。原告がその主張のごとき建物を新築し、被告がこれに対し土地区画整理法第七十六条第四項に基き、昭和三十年十二月一日除却命令を発したことは、いずれも当事者間に争いがない。原告は、右除却命令は当然無効であると主張するのであるが、行政処分が当然無効であるためには、当該行政処分が法令に違反し、且つその瑕疵が重大且つ明白な場合でなければならない。然るに本件除却命令の対象となつている建物が無許可建築であることは当事者間に争いのないところであるから、これに対して被告が土地区画整理法第七十六条第四項の規定に基き(被告が同項所定の聴聞を行つたことは原告が本件口頭弁論において明らかに争わないところであるから原告においてこれを自白したものと看做す)除却命令を発したことは、他に特別の事情がない限り一応適法と推定すべきである。原告は、原告が今般建物を建築した場所は曩に建築確認を得て実際には建築しなかつた場所であるから、今回の建築は場所的には何等違法ではないと主張するが、前の建築確認に基いては仮令場所的には許可に違反していたとしても既に別紙図面(イ)の場所に建物を建築したのであるから、それはそれとして一応すんだわけであり、従つて今般新たに別紙図面(ロ)の場所に建物を建築するについては、更に土地区画整理法第七十六条第一項の規定に基き被告の許可を要することは当然であるというべく、従つて被告の許可を得ずして為した右建築が違法であることはいうまでもない。然らば被告が右新建築物に対して除却命令を発したことは適法であるというべく、仮りに原告主張のように右除却命令が違法であると仮定しても、その瑕疵が重大且つ明白であるとは云えない。従つて被告のなした除却命令が当然無効である旨の原告の主張はこれを採用するに由がない。

然らば原告の本訴請求を、右除却命令の取消、変更を求める抗告訴訟と解すればどうかというに、右除却命令は土地区画整理法第七十六条第四項に基く行政処分であるから、若し原告がこれに対して不服があるならば同法第百二十七条に基き建設大臣に訴願すべく、その訴願裁決を経た後でなければ右除却命令の取消変更を求める行政訴訟を提起できないことは、行政事件訴訟特例法第二条本文によつて明らかである。然るに原告が右除却命令に対して訴願、裁決を経由していないことは本件当事者間に争いのないところであるからこれを真実と認むべく、然らば原告の本件訴は右特例法第二条本文に違反し抗告訴訟としても不適法であるといわなければならない。

よつて原告の本訴請求は失当としてこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用したうえ主文のとおり判決する。

(裁判官 松本重美 米山義員 西川豊長)

(別紙省略)

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